「LCCは危険だとディスっとけ」という日本のメディアの雰囲気が嫌い。

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ジャーマンウィングスの墜落事件以来、この一週間LCCの安全性を疑問視する報道が増えているように感じます。一部には納得できるものもあるのですが、多くが根拠を全く示さずに印象だけで語られていて、航空旅行マニアの私としては、歯がゆさを感じるとともに、残念な気持ちでいっぱいです。そこで今回は、最近のメディアにおけるLCCについての言説と、そこに潜む問題点をパパっと考察してみました。本ブログの本筋とはずれますが、ご興味ある方はお付き合いください。

墜落事件とLCCの安易な関連付け

ジャーマンウィングスの墜落事件の直後の報道を振り返ってみましょう。例えば毎日新聞の記事では以下の様な記述があります。

LCC成長の最大の原動力は、従来型の大手航空会社の半分とも言われるコスト構造にある。内装の簡素化や機内食・機内サービスの有料化、予約のオンライン化などでコストを大幅に削減している。(中略)過去にはベテラン整備士を確保できず、経験の浅い整備士を責任者に据えたとして処分を受けたLCCや、大手航空会社で退役した古い機体を使用する航空会社も一部にあり、業界は安全性への懸念払拭(ふっしょく)の努力が問われそうだ。
独機墜落:なぜ救難信号なし 市場拡大のLCCに衝撃
毎日新聞 2015年03月25日 22時12分(最終更新 03月26日 00時36分)

ここで抜粋した文章は記事全体のほんの一部ですが、全体を通して読んでも、記事のおよそ4割が当該事件とは直接的な関係のないLCCについての記述で占められており、あたかも暗に「LCCだから事故が起こった」と言わんばかりの書きぶりです。記事内では「LCCは危険だ」とは述べてはいないのですが、読者は容易にそう読み取るでしょう。

”航空評論家”を信じるな

また、いわゆる”航空評論家”と呼ばれる方々の、明確な根拠に基づかない軽率な発言も目立ちます。例えば、ワイドショー「ミヤネ屋」に出演した杉江弘氏は、ジャーマンウィングスの事件についての解説を求められた際に、LCCの安全性への危惧を表しました。

杉江氏は「世界のLCCはサウスウエスト航空をモデルにしているが、コスト重視で安全重視にはまだまだいってない」と指摘し、航空会社が整備やパイロットの訓練にお金をかけて手当てしていかばければ「このような種類の事故は、これからもどんどん起きると思っています」と警鐘を鳴らした。
宮根誠司氏が航空評論家の解説に再三フォローのコメント「原因は分かっていない」「先入観を持たずに」
livedoorNEWS 2015年3月26日 7時0分

ミヤネ屋の放送時は事件直後であり、ジャーマンウィングス墜落の原因が明らかになっていなかったにもかかわらず、杉江氏は「安全性を軽視するLCCのジャーマンウィングスは、整備やパイロットの訓練に金をかけなかったために墜落した」という認識を示しています。こういった客観的な根拠の無い思い込みによるLCC批判は、何も杉江氏に限ったことではなく、事件直後のワイドショーや報道番組に出演した”航空評論家”の多くに共通したものでした。

ジャーマンウィングスの事件は、副操縦士による故意の墜落であることが明らかになった現在においては、彼らのLCC安全性無視事故説は全く間違っていたばかりが、余計にLCCへの不安を煽る形になってしまいました。

ではなぜエキスパートであるはずの”航空評論家”が、客観的根拠に基づかない”LCC危険言説”を振りまいてしまうのでしょうか。それはおそらく”航空評論家”のほぼ全てが、JALやANAのレガシーキャリアの機長を退職した人たちであることに起因すると思われます。

彼らが現役バリバリで活躍していたのは、5~10年以上昔です。しかし、航空業界を巡る環境はここ数年でガラッと変わってしまいました。JALは経営破綻し、国内にはLCCが新規参入、世界的にはLCCが台頭し3~4割のシェアを占めるまでになりました。このように激変した航空事情についてのアップデートがないまま、自分が現役でいた頃の感覚で物事を語ってしまっているということが言えると思います。また、レガシーキャリアの機長として最前線を走ってきた自負もありますので、LCCに対する「見下し」もあるのではないかと思われます。

ですので、レガシーキャリアOBである彼らが、LCCについての最新の正確な情報を把握しているかは甚だ疑問です。彼らにジャーマンウィングスについてのコメントを求める方こそ野暮なのかもしれません。

記者の不勉強・熟知度の低さ

さて、もう一つここ数日話題になっているのが、タイの航空会社の日本への新規就航の禁止です。これは、国連の専門機関であるICAO(国際民間航空機関)がタイ航空当局の審査体制の不十分さを指摘したため、これに則り日本の国土交通省がタイ航空当局に対して、タイに籍を置くすべてのエアラインの日本への新規就航を認めないことを通告したものです。

エアラインの安全性自体に問題があるということではなく、エアラインの安全性を審査するタイ航空当局の審査体制のレベルが低いめ十分な審査が行われ得ず、したがってエアラインの客観的な安全性が確保され得ない可能性がある、というタイ航空当局側の問題です。よって、この新規就航の禁止は、タイ・エアアジアやノックスクートといったタイのLCCのみならず、レガシーキャリアであるタイ国際航空も影響を受けます。

しかし、これを最も初期に報じたグローバルニュースアジアの文面はどうなっていたか見てみましょう。

2015年3月27日、タイの報道によると、日本の航空当局がタイに籍を置く格安航空会社の乗入れを当面禁止した。国際安全基準を満たしていないというのが理由。タイエアアジアX、ノックスクート、タイスマイルの他、チャーター便を運航する予定だったタイのLCC航空会社には衝撃が走っている。
【タイ】タイLCCの日本への乗入れを禁止
グローバルニュースアジア 2015年3月27日 17時00分

記事全文を読んでみても、タイ航空当局の問題には全く触れられず、タイのLCCに問題があるようにすり替えられています。レガシーキャリアのタイ国際航空も影響をうけるのに、そのことにも触れられていません。

このグローバルニュースアジアの記事は、早速Yahoo!のトップ画面のニュース欄にも取り上げられました。それを読んだ読者からはコメント欄に、LCCを危険だとする以下の様なコメントが投稿され、多数の「そう思う」がクリックされていました。

LCCが就航する以前、「絶対に乗りたくない航空会社がある」と現役パイロットが何人も答えていた。おそらく大韓航空や中華航空だと思うけど、それらよりもLCCは危ないって事かな?

ここ最近、故意不意関わらず事故が多い事は確か。大手航空会社は、コストを掛けてもきちんと安全基準を満たして運行している。格安航空会社だからって、基準を満たさないのはダメでしょ。それで許されるなんて、他のルール守っている会社からしたら不公以外何物でも無いでしょう。意地悪している訳ではありません。安全は第一。価格は二の次ですよ。

LCCは機材を酷使するからね。安全面に関しては厳しくしないと怖いよね。

このように、事実誤認のグローバルニュースアジアの記事が、影響力のあるサイトのトップ画面で取り上げられ、誤解がさらに広がっていくという負の連鎖が起きています。

グローバルニュースアジアが参照した「タイの報道」はバンコク・ポストの記事を指していると思われます。この中では、ICAOの通告やタイ航空当局の問題にも触れられているのですが、グローバルニュースアジアの記事ではそれらに全く触れずに、タイのLCCの問題にすり替えられてしまっています。

ではなぜこうした歪曲が起こってしまったのでしょうか。それはおそらく、航空関係に詳しくないグローバルニュースアジアの記者が、バンコク・ポストの記事を読んだ際に抱いたLCCに対する漠然とした不安をそのまま文章に投影してしまったためであると推測されます。ICAOやタイ航空当局といった記者にとって馴染みのない組織についての考察を怠り、記者にとって馴染みのあるLCCの問題として記事を書いてしまった所に問題があります。こういった記者の不勉強が是正されないまま、大手メディアで取り上げられ配信されるのは、由々しき問題であると考えます。

タイのエアラインの新規就航禁止については、昨日になりようやく日本経済新聞が正確な情報を伝えました。

国土交通省がタイ政府に定期便の新たな就航やチャーター便の乗り入れを認めないと通告したことが28日わかった。国連の専門機関の国際民間航空機関(ICAO)が、タイ政府が不十分な審査体制で航空会社に運航許可を与えていたとして問題を指摘したためだ。すでにタイの航空会社が成田国際空港への就航を延期すると決めた。
タイ政府に新規就航認めず 「審査不十分」指摘で国交省
日本経済新聞 2015年3月28日 14時00分

しかし時すでに遅し。この時点ではすでに、「タイのLCCは危険」という根拠の無い言説がネット上を飛び回っていたのでした。

こういった状況を打開するには?

日本においてこのように簡単にLCC危険言説が語られてしまう原因には、根底に「安かろう悪かろう」という意識と、馴染みのないものに対する無意識的な不安があるためではないでしょうか。こういった心理的な障壁があることによって、データに基づかない印象論の流布が用意になってしまっていると考えられます。

LCCは、安全に対する不安を払拭すべく、より積極的に情報を発信していくことが必要でしょう。日本で真の意味でLCCが根付くためには、そういった障壁を取り除くことがもっとも重要です。

欧米や東南アジアでは、旅客の3~4割をLCCが担うようになっています。特に短距離路線では、今後もさらにLCCのシェアが増えていくのは確実です。その中で、日本だけがLCCに対して拒否反応を示していたのでは、世界の航空業界の流れから取り残されていってしまうでしょう(現時点ですでにかなり取り残されている状態ではありますが…)。そうならないためにも、LCCに対する不安や誤解を解消していくことが求められています。

(本記事では、「LCCが安全だ」と言っているのではありません。「確たるデータがないのに印象だけでLCCは危険だと恐れるのをやめよう」と言っているのです。その辺は誤解されませんよう。ちなみに私は、レガシーキャリアもLCCもどちらも好物ですので、一方が不当に扱われるのは大変残念なのです。あ、タイ国際航空、新規就航が禁止になっちゃいましたね。よく利用させてもらっていたのに……。)

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