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NHK特報首都圏(2月13日)「スカイマーク経営破綻~どうなる首都圏の空~」の内容まとめ

備忘録的にまとめてみます。

スカイマーク井手隆司会長
・スカイマークは過大投資で失敗した。反省している。
・A380機6機の契約→支払い頓挫→違約金
・運休、路線廃止はやむを得ない。経営再建が急務。
・羽田発着枠を守りぬく

投資ファンドインテグラルの資金で運転
再建の鍵は羽田空港の発着枠の活用
例)羽田空港から出張するビジネスマン
スカイマークが飛んでいる所はスカイマークで ←340万人
羽田の発着枠は36枠

ソラシドエアがスカイマークの動向を注視
羽田の発着枠を狙う

ピーチもスカイマークの動向を注視
羽田枠を獲得し首都圏進出に弾みを

・スカイマークは羽田36枠を維持するだけの機材・人員を確保できるか
・日本のLCCの誕生により、スカイマークの立ち位置が中途半端に
→大手航空会社よりに(A380の導入など)
→円安によりコストがかさみ、支払いが困難に

茨城空港
・1日16便が全てスカイマーク、すでに6便が運休へ
・地域経済に動揺(バス路線が運休、旅行会社の営業に大きく影響)
・開港当時は国内定期便は0→スカイマークが就航
・地元はスカイマークを支援してきた(500円バスの運行に補助金6千万円)
・茨城県は新たに6億円の支援を決定(旅行券など)

スカイマークは撤退路線を明らかにしていない
地方路線から撤退になる可能性が高い
スカイマークしか誘致できなかったことを考えると、そもそも茨城空港が必要だったのか
日本の航空行政は新規就航しやすい環境にあるのかのか

以上

さて、以下は茨城空港を利用したことのある私個人の雑感です。

茨城空港はオープンする以前から、「無用だ、税金の無駄遣いだ」と激しい批判を浴びていました。そこで、建設費・維持費を削減するため空港施設を簡素化し、当時日本では全く注目されていなかったLCCにターゲットを絞り、日本初のLCC特化型空港にすることで日本未就航の海外のエアラインを呼び込もうとしました。

しかし、なかなか就航が決定しません。当時は、茨城空港に目をつけたエアアジアが定期便を飛ばすという噂も流れましたが、結局は流れてしまいました。開港までに就航が決定したのはアシアナ航空のソウル便のみ、国内線の定期便は皆無という危機的状態で2010年3月のオープンを迎えました。

こういった状況も徐々に好転し、しばらくしてスカイマークが定期便を就航させ、また春秋航空が定期チャーター便を飛ばすようになり、茨城空港は賑わいました。さらには空港でイベントを開催するなどして、当初の大幅な赤字の予想に反して、初年度で黒字化を達成するという”快挙”を成し遂げました。(黒字化についてはこちらのサイトで詳しく考察されています。)

また、震災の影響(これが運休の本当の理由だとは思えないのですが)でアシアナのソウル便が運休したにも関わらず、2011年にはCAPAの”Low Cost Airport of the Year 2011″を受賞し、世界的にも存在が認知されるにいたりました。日本の一地方空港が、航空業界の国際的な賞を受賞することは前代未聞の出来事でした。ローコストに特化した茨城空港の施設・経営が、国際的に評価されたと言えます。

さて、その後スカイマークが徐々に路線を増やすものの、国際線は春秋航空の上海便のみという状況が今日まで続いてきました。そこに来て、スカイマークの経営破綻。順調だった茨城空港が、一気に窮地に立たされています。

スカイマークにおんぶにだっこの経営は、やはりどう考えてもまずいでしょう。就航エアラインを多角化するチャンスが有ったにも関わらず、それを物に出来なかった(熱心に誘致しなかった?)のは非常に痛いですね。スカイマークが徐々に路線を増やしてくれていたので、空港経営陣がそれに安心しきっていたのかもしれません。

例えば2011年の受賞は東南アジアのエアラインに積極的に働きかける絶好のチャンスだったと思います。震災直後というハンデはありましたが、1社でも誘致できていれば、状況も変わっていたと思います。

茨城空港は搭乗までの手軽さという点では、かなり優れた空港だと思っています。必要十分な機能がコンパクトにまとめられ、無駄に歩かずに済む空港は、世界的に見てもあまりありません。この空港を活かすも殺すも経営次第。一刻も早く新規エアラインを誘致し、偏った経営を改めるべきでしょう。